高度にハイパー消費主義が浸透した国家において、いわゆる年末商戦というのは、決算前の重要な時期である。いかに売りいかに利益を得るか。その為には、でっちあげられたファンタジーを打ち出すマーケティング戦略だって欠かせない。
ファンタジーその1:「家族と暮らすクリスマス」
大学生(である息子):
期末もかろうじて終わったし、テストや論文の結果なんて関係ねえ。ファイナル が終わった瞬間飛行機に飛び乗り削りとおした睡眠を貪り、実家に帰って自堕落な甘えの時間をすごすぜい。
母親:(大学生と高校生の息子を持つ)
あらあらまあまあ、明日のクリスマスイブにせっかくカリフォルニア大学人類学部に在籍する自慢の息子が帰ってくるというのに、まだクリスマスショッピングが終わっていないわ。しょうがないからちょっと車を走らせて、ワルマートやシアーズ、メイシーズも入っている車で一時間程度の場所にあるショッピングモールに出向いて効率よく、買い物を済ませようかしら。グランマにはやっぱり質のよいカシミアのひざ掛けをじっくりと選びたいし、最近婚約した姪のエリザベスには実用的な生活用品が買えるようにシアーズの商品券をプレゼントしたいし。何よりも息子のショーンが大好きなスタッフドチキンを準備しなくてはならないから、時間の節約が必要ね。そう、時間の節約。ヴァケーションに入ってカウチに横たわり、ぼんやりとテレビを観ている夫に手伝ってもらおうかしら。
夫:(大学生と高校生の息子を持つ)
久しぶりの休暇。ホリデーシーズンに放送される、ドラマシリーズの初回から最終回まで一気にぼんやり眺めつつ、のんびりしようかと思った矢先、妻のシーラがにたにたと笑いながら歩みよってくる。「今年のクリスマスはショーンが帰ってくるのよ」。おお、そうだな。FRESHMANだった去年は寮のリーダーを任されたから、クリスマスには帰ってこれなかったものな。「そう、久しぶりに帰ってくるから、あの子が大好きなスタッフドチキンをグランマと一緒に作ろうと思うの」。それはいい考えだ、ショーンもおふくろの味を恋しがっていることだろう。シーラは相変わらずにこにこと笑い続けたまま、右手に持ったスターバックスのコーヒーカップになみなみと注がれた、ストレートのスコッチを啜る。「お願いがあるのよ」カモーン、やっぱりきたよ。シーラ得意の"DO ME A FAVOR?"語尾は上がり疑問口調なのにもかかわらず、DO MEという命令口調ではじまる、彼女のお願い。甘いスコッチの香りを唇の端から発散させつ、申し訳なさそうにシーラは云う。「明日、お買い物に付き合ってほしいの。ほら、車で一時間ぐらいであのモールにいけるじゃない。あそこに行けば全てはパーフェクトなの。グランマのカシミアも、エリザベスのシアーズカードも、ショーンのスタッフドチキンも、全て一度にそろうの。だから。」
「わかったよ、運転すればいいんだろう」
シーラの淀みなくしどろもどろに発せられる言葉はすべて出揃うまえに、声にかき消される。
酔いのせいですこし赤くなった頬を緩めたシーラは安心したように微笑む。
「ありがとう、あなたのおかげでこころにかかる重力が軽くなったわ」
ひらひらと手を振り、シーラは機敏な動作で、寝室に消えていく。
一仕事終わった、というような爽快感をパジャマの上に羽織ったバスローブの裾にはためかせながら。
甘いスコッチの残り香が立ちこめるリビングで、テレビだけが青白く発光している。
何故埃まみれのリノリウムの床を、靴を脱いで歩かなければならないのか??
かなりハードだったファイナル期間、ショーンはクラスをパスするため(そして出来る限りいい成績を残し、将来の選択肢を出来る限りオープンにさせるため)、インテンスな生活を送っていた。学生というのが、学問に生きると書いて学生という読んで字の如し、図書館にこもりリーディングを進め暗記物をやっつけ、睡眠時間を削って論文を仕上げ、カフェテリアで偶然会う友人との会話さえ復習作業にいつしか集束されていく。
ここ一週間の総合睡眠時間ははたして何時間であろう。否、日々こつこつと予習復習を行っていれば、こんなやっつけ仕事になるはずではなかった。しかしながらキャンパスライフは忙しい。蝶々のようにひらひらと周りを旋回する女の子達とのデートスケジュールは、多少オーバーブッキングしていたし、ルームメイトとのポットパーティーではいつもホスト側に廻らなければならなかったし、たまたま聴講していた音響工学の授業で運命的に一緒になり、音楽的感性の調和がもたらされたベーシストジョンとのジャムセッションも、キャンパスライフには欠かせなかったから。
結果、機能しない脳を抱えて、飢餓的に睡眠を求めるぼろきれのような疲れきった身体を引きずって、シカゴ・オヘア空港行きボーイング1445に倒れこむようにして乗ろう、としていた矢先、
つるつるしたプラスティックのゲートが目の前に聳え立つ。バックパックのなかからラップトップを引き出し、ベルトコンベアに載せられたトレイに置く。ジーンズの尻ポケットでじゃらじゃらと音を立てるさまざまな貴金属類ー携帯電話、家と車の鍵、ダイムやらクオーターやら―もトレイにぶちまけ、プラスティクゲートをくぐる順番を従順な子ウサギのようにおとなしく待つ。肉感的な唇を卑猥に歪め、背の高い黒人の女が、牡蠣貝のような眼をこちらに向ける。「TAKE OFF YOUR SHOSE」。従順にセキュリティーゲートの順番を待っていた人々が次々と靴を脱ぎだす。ナイキのスニーカーも、パトリスコックスのローファーも、イタリアの職人が丹精込めて製作した華奢なパンプスも、プラスティックゲートの前で、脱がされる。貴金属を身包み剥がされ、ナイキのスニーカーを片手に持つブラザーがプラスティックゲートを裸足でくぐる。右手に持ったパトリスコックスのローファーを左手に抱えたウォールストリートジャーナルで隠し、仕立てのよいスーツを身にまとったエクゼクティヴ風の若い男も裸足でプラスティックゲートをくぐる。ほそいヒールのパンプスに負けじとも劣らないぐらい細い足首に包まれた絹のストッキングにつつまれたつま先が、プラスティックゲートをくぐった途端、腰が砕けてしまいそうになるくらい間抜けな信号音が辺りの静寂を破る。途端に肉感的な唇を歪めながら背の高い黒人の女が、枯れ木のように痩せた女に駆け寄り、ポケットから円形状の機械を取り出し、女の細い身体のラインを撫で回し始めた。機械はある部分で、まるで小動物が苦しげな声をあげるようなきゅうという音を、断続的に発生させる。痩せた女の身体の全ての部位を撫で回した後、背の高い黒人の女は満足、という風情でうなずいて、セキュリティーチェックにかけられた鞄やら書類ケースやらコートやらを、痩せた女の前にどさりと置く。細いヒールをほとんど骨と皮である指で支え、滑らかな布に包まれたかかとを靴の中に落ち着けると痩せた女はきっぱりと前を向き、鞄やら書類ケースやらコートやらを小脇に抱え、真っ直ぐに搭乗ゲートへと歩いていく。
何故埃まみれのリノリウムの床を、裸足で歩かなければならないのか??
長時間のフライトでからからに乾燥したいがらっぽい喉を、バックパックのサイドポケットに突っ込んだボトルを取り出し、なまぬるい水でとりあえず潤す。離陸のアナウンスも着陸のアナウンスも聞こえなかった。飛行機が地上と地上の接点をつなぐ間めいいっぱいに、昏倒するようにショーンは眠りこけていたようだ。喉をとりあえず潤しあたりを見回すと、あらかた乗客は機内からでたあとらしい。整然とならぶエコノミーシートの頭の部分に乱れた状態でかかるヘッドカヴァーの白が寝起きの眼に刺さる。のろのろと足の下においたバックパックを担ぎ、乾いた砂が詰められたように重い身体を引きずるようにして機内から脱出する。どこまでもだらだらと続く、没個性を空間化したような無駄に永い廊下を潜り抜け、誰でも誰の荷物でもそのままピックアップできそうなセキュリティーの甘いバゲージクレームを抜ける。リノリウムの床にスニーカーのゴム底はきゅうきゅうと鳴る。到着ロビーでショーンを迎えたのは、心配顔の母と、親族縁者一同があたかも死に絶えたように沈鬱な仏頂面を浮かべる父だった。
普段より幾分化粧が濃い母の、シャネルのアリュールの香りのハグに噎せかえり(ガールフレンドのひとりが同じ香りを身につけている)、駐車場へ向かう間矢鱈滅多らに肩をばんばん叩き続ける父の快活な表情に戸惑いつつ、シカゴ・オヘア空港駐車場ターミナルにエンドレスに流れる「TAKE ME OUT TO THE BALLGAME」を聞き流す。本日のシカゴ・オヘア空港の天気は吹雪、気温は摂氏マイナス2度でございます。
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