2009年2月17日火曜日

不良債権・身体と暗喩・モチーフ

皮膚にびしびしと直撃する、痛い霰が降りしきる、暴風雪の或る日曜日。

首に激痛が走り、肩がセメントに固められたように動かなくなってしまいました。くるりと首を回そうとすれども、肩に走る電気質な痛みが身体を貫く。人間工学的に不自然な姿勢で日々デスクに張り付く労働する身体からの異議申し立てか。まるで油の切れた金属人形がぎしぎしとぎこちない音を立てながら非連続的な動きを反復しているかのような、不自然な動きしか身体が許してくれない。それともクレジットの焦げ付きと累積する借金が目には見えない不良債権と化して肩にまとわり付き、首が回らないという暗喩的乃至物理的状況を齎しているのか。生活を維持する為に必要な物資の買取価格が近年の物価高騰に呷られて、労働する身体をメインテインするために必要な生活を維持する為に必要な物資の購入価格のバランスが崩れているだけじゃない。

それとも、いとも簡単に液体質になってしまいそうな身体が、無言でrigidなサボタージュを行っているのか。無数の人々が行きかう雑踏の中、なつかしいあのひとに背後から呼び止められたとしても、たとえその声がやわらかくあたしの記憶を攪拌し現在をあまく掻き乱すとしても、首が回らないから、振り返らなくても良いように。

「首が回らないのです」
肩は塗り壁のように硬く、優雅な扇風機の様にくるくると自在に動くはずの首は
まるで脊髄に紐付けされたかのように固定されている。
うす緑色のカーテンに囲まれた診療室内に陰鬱に響く、割れたスピーカーから流れでる有線放送の歌謡曲が耳障りだ。
「いつからですか?」
しろいポロシャツに身を包んだ整体士が肩に触れながらそう聞く。
やわらかい指が力強く、ツンドラの大地のように固まった皮膚にのめり込む。
「そうですね、大体、8年前ぐらいから」
「8年前から、首が回らないのですか?」
数字が象徴する直接性に驚いたのか整体士の指は、先ほどよりも真剣な指使いで肩先を押し始める。背中の筋肉に沿って、体温が、指が、手のひらが動いていく。凝り固まり冷たくなった背中が整体士の手のひらで、暖められていく。骨の固さにに寄り添うようにして硬直した筋肉が、ほぐれていく。骨の間に刻み込まれた緊張が、暖められた体温で溶けていく。

「そうなんです、8年前から首が回らなくて、振り返ることができなくなってしまったんです。」
整体士は無言で手のひらを背中に乗せる。
少しの圧力と熱い体温が、手のひらから皮膚に伝わる。
凝り固まり冷たくなった首筋にすこしだけ体温が戻りはじめる。他者からの体温を確認する。浅かった呼吸が深くなりはじめる。鼓動は規則的にアレグロの速さに、高まる。麻痺していた触覚が鋭敏さを取り戻し、背にかかる手のひらの圧力や温度を貪欲に、求める。

フィジカルな記憶はフィジカルな喚起を促し、フィジカルな体温はフィジカルなリアクションで、
感覚的乃至記憶的時空系列を拡散するとさ。ね、アンリ(ベルグソン)さん?